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被災地における郷土芸能の現状とこれから -無形文化遺産としての郷土芸能の立ち位置-

公益社団法人全日本郷土芸能協会 事務局
小岩秀太郎

2012年10月20日の釜石まつりにて船上で演じられた南部藩壽松院年行司支配太神楽
(岩手県釜石市)


はじめに
 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、祭りや郷土芸能といった無形文化遺産(注)が豊富に伝えられていた東北地方沿岸部が甚大な被害を受け、伝承地のみならず伝承者、用具などの多くが被災した。しかしながら、この2年の間に多くの団体が困難を乗り越え再開を果たした。その雄姿は被災地域のみならず全国の人々に勇気を与え、またそれらが内包する力を再確認し、注目を集めるようになった。
 津波や火災は自らの住む地域を跡形もなく破壊し、高台移転や原発は先祖代々伝えられてきた地域を捨てなければならないという苦渋の選択を、突然に強制的に突きつけた。今までと同じ形で伝承をしていくことは不可能に近い。それでも、あれほどの悲惨な経験をすれば「神も仏もない」と思うのが普通なのに、避難所などで供養と鎮魂の芸能が次々と立ち上がったのである。このことは一体何を指し示すのだろうか?大津波を経験しながらも、海に向かい祈りをささげる虎舞や神楽の姿をテレビや新聞を通して目にした方も多いはずだ。


震災後の郷土芸能活動
 津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市で「虎(とら)舞(まい)」が舞われたという記事が、震災発生2週間も経たずして新聞に掲載された。震災直後に虎頭(とらがしら)や装束を探し出し、倒壊した家屋や逆さになった消防車が残る公民館の前でわずか12日後に舞われ、また同地区の七夕祭りに使う山車も津波で破壊されたが3日後には地域住民で修理を始めたという内容である。そこには次の印象的な一文があった「ここ10年で祭りがまたやれるとは思ってねぇ。でも、ちょっこりちょっこりやってれば、孫やひ孫の代では復活するべ」(2011年3月26日 朝日新聞夕刊)。被災地における郷土芸能の現状の第一報だったと思うが、ショックや驚きという感情以上に、震災直後で絶望的な中、瓦礫を背景に虎頭を抱えたその写真は「俺たちはこの地に根差して生きてきたんだ、この虎とともに」と言わんばかりの力強さを伝え、今まで感じたことのないほどの勇気と励ましを感じたのだった。郷土芸能や祭りといった形の無い文化にたずさわってきた私たちが、今後どのような活動をしていくべきなのかを導いてくれた記事であった。
 大津波そして福島県の原発事故は、郷土芸能や祭りにとっても収拾の目途がつかない壊滅的被害をもたらした。伝承者の死亡や避難による離散、使用する道具や装束の流失や損壊、芸能を受け継ぐ主体である地域コミュニティを一気に崩壊させた。2年が過ぎた今でも、住民の帰還や職場をはじめ生活復興に向けた将来像が描けない状況が続いている地域も福島県をはじめまだまだたくさんある。
そんな中、土地の問題で元の地域から離れた地域に建てられた仮設住宅や遠く離れた親戚知人宅に身を寄せながらも、住民たちが互いに連絡を取り合い、地域の行事や芸能を続けていこうという試みも積極的にみられた。また、地域の崩壊・消滅の危機に直面して改めて地域の歴史、文化、祖先を見直し、次世代、後世に伝えていこうとする動きも、今までにないほど活発化しているように思える。
活動を再開させた虎舞。2012年10月21日釜石まつりにて(岩手県釜石市)活動を再開させた虎舞。2012年10月21日釜石まつりにて(岩手県釜石市)


情報集約と発信
 震災後、全日本郷土芸能協会は郷土芸能に関する専門組織として情報収集と周知に取り組んできた。当協会は各県の芸能団体や研究者、愛好者を会員とするネットワーク組織でもある。このネットワークを活用して被災地の郷土芸能の情報の集積にとりかかったが、把握は困難を極めた。会員はじめ情報提供者の行方がなかなかつかめなかったことは仕方がない。しかし儀礼文化学会(東京都)と協働で主に岩手県・宮城県・福島県の被災地域の芸能や祭礼をリストアップした一覧表を作成してみて愕然としたのを覚えている。
 なぜなら3県あわせて2,000を超える芸能が伝わっており、その後の調査で岩手県166件、宮城県211件、福島県415件、計792件がなんらかの被災をしている可能性があるという驚くべき結果が出たのである(無形文化遺産情報ネットワーク・2013年2月末時点)。またこの数は、いわゆる市町村が把握しているものだけで、それ以外の例えば各家庭に飾られている獅子頭なども多数存在していたことがさらに把握を困難にした。これは沿岸部の芸能の多くは自治体保護の対象にならない無指定のものであり、また芸能に限った「保存会」形式でないことに要因がある。それは青年団や消防団、契約講(主に宮城県の農漁村部の集落ごとの相互扶助組織。多くは山や施設といった共有財産を保有し、日々の生活の中での助け合いを目的とする。主に青年男子によって構成される)といった地域集団が中心となって組織されており、自治体や研究者の調査研究が手薄な傾向であったため事務局等の連絡系統が不明瞭であった。いずれにせよ、各地の有志・関係者と連絡を密に取り合い、本当に地道な調査によって少しずつリストを埋めていく作業を継続して行ってきたのである。
 状況調査をするにあたり、伝承者の被災、用具類の流失や損壊、実施場所や稽古場の被害、住民分散等による実施日・形態の変更、伝承を支える住民の被災等、被災項目は多岐に亘る。また、今後の目途や対応の項目も盛り込んだ情報収集を行ったことで方針を立てやすくなった。集積作業においては、現地関係者からの情報、報道やインターネットの情報、各県の文化財担当部署の協力も得ることができた。これら情報は、全国の芸能関係者に全郷芸会報やWeb、ブログ、ツイッター等で周知発信をすることで、個人はじめ報道関係や企業、助成法人等が関心を持つに至り、被災地内外からの問合せや相談、取材、そして民間による郷土芸能支援活動へと繋がっていったのである。


被災したうごく七夕まつりの用具保管庫(岩手県陸前高田市)(うごく七夕川原祭組提供)被災したうごく七夕まつりの用具保管庫(岩手県陸前高田市)(うごく七夕川原祭組提供)


2012年8月6日うごく七夕まつりの前夜祭にて(岩手県陸前高田市)2012年8月6日うごく七夕まつりの前夜祭にて(岩手県陸前高田市)


支援活動と課題
 文化庁主導で震災直後から建物や文書などの有形文化財を救出する「文化財レスキュー」が進む一方、無形の文化財に対する救出や支援に関しては、指針さえもはっきり打ち出されることなくこの2年が過ぎた。一方、民間の団体や企業、ボランティア団体が被災地対応として取り組み始めた支援は瞬く間に効果が出て、この2年間で活動を再開及び再開を希望する団体は300件近い。
 このように誰もが予想していなかったスピードで再開がなされた地域がある一方で、福島県の原発被害地域については2年経ってやっと数団体の声が聞こえてきたのみである。いまだその多くは地域住民の行方も分からず、集まる機会や方針決定さえも物理的・金銭的に不可能な現状であり、あるいは時期尚早であるという意見も強くあるようだ。
 郷土芸能や祭り、地域行事といった無形の文化遺産の担い手は人であり、人から人へと受け継がれる。これは土地に根差してきたもので、その地で暮らす人々の連帯によって支えられてきた。しかし今回の原発事故や津波による避難は、人々から土地を奪い、連帯を破壊し尽くした。この状況の中で復興を目指す地域は、更に強い連帯感を生み出すに違いない。そしてそこにはその地とその住民で受け継がれてきた芸能や祭りが中心に据えられるのだ。原発地域住民における継承作業は、土地に根差したものでなくなる可能性もあり、解決の方法がなかなか見出せないのだが、それでもごく一部で離れ離れになった住民同士が互いに連絡を取り合おうとしている動きもあり、そこに一縷の希望を見出しつつ、その努力に感服せざるを得ない。こうした動きが見える限り、私たちはほんの少しでも支えになれるよう、長期的に注目し風化防止のための仕組みと対策を急がねばならないだろう。
2012年5月の神社例祭で演じられた雄勝法印神楽。地元住民が押し寄せた(宮城県石巻市)2012年5月の神社例祭で演じられた雄勝法印神楽。地元住民が押し寄せた(宮城県石巻市)


2012年2月19日に避難先の二本松市の仮設住宅で行われた「安波祭」での請戸の田植踊 (福島県浪江町)(請戸芸能保存会提供)2012年2月19日に避難先の二本松市の仮設住宅で行われた「安波祭」での請戸の田植踊
(福島県浪江町)(請戸芸能保存会提供)


無形文化遺産情報ネットワーク
 2年が経過してもなお課題山積ではあるが、地域の方が今を生きるための心の支えとなるように、また地域文化が次代へと引き継がれていくように、一般社団法人儀礼文化学会、独立行政法人国立文化財機構東京文化財研究所、独立行政法人防災科学技術研究所、公益社団法人全日本郷土芸能協会が協働で、無形文化遺産の復興・継承支援の事業を推進する「無形文化遺産情報ネットワーク」を2013年3月に立ち上げた。
 震災後、儀礼文化学会と全日本郷土芸能協会が中心となって作成してきた被災地域の民俗や祭礼の一覧表をもとに、それぞれの団体が関係する団体や個人に生の情報を寄せてもらい、集まった情報をもとに必要な支援の呼びかけや仲介、情報の発信を行ってきた。
2年を経過した今、これまで関係者間のみで共有されてきた一覧表を整理し直し、防災科学技術研究所の全面的協力のもと地図の形で公開することにした。行政や民間団体、保存会関係者、研究者、愛好者など、それぞれが持つ情報やネットワークは限られているが、それらを繋げることでより広域的で目の細かいネットワークの構築を図ることができると考えたからである。地図の公開により被災や復興の現状を広く一般に周知するとともに、これまで支援や注目など情報が行き届かなかった地域についての情報も新たに収集し、発信していきたいと考えている。また、これら地域の文化の豊かさを魅力ある発信によって知っていただき、支援者やファンを作っていくことで、文化継承の一助となることを願っている。
 現地からの情報はまだまだ足りない。むしろどんどん忘れ去られ風化していく一方である。やむなく休止していた芸能や祭りのモチベーションもどんどん下がりつつある。情報の収集発信を再度推進することで支援や意識の向上に繋がることを期待する。
 「情報まどぐち」を随時設置しています。些細な情報でも構いません。是非とも情報をお寄せいただき、また活用していただきたい。
無形文化遺産情報ネットワーク
無形文化遺産情報ネットワーク


無形文化遺産情報ネットワーク:http://mukei311.tobunken.go.jp/
サイト内「情報まどぐち」:http://mukei311.tobunken.go.jp/?module=contact&eid=10243&blk_id=10243


(注)祭り行事や信仰、民俗芸能、様々な慣習、暮らしの技術など、形のない民俗文化を無形の民俗文化と呼ぶ。この無形民俗文化財を含め、次代へと引き継いでいくべき無形の文化を総称して無形文化遺産と呼ぶ。
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東日本大震災・郷土芸能復興支援プロジェクト 支援金募集
(公社)全日本郷土芸能協会では『東日本大震災・郷土芸能復興支援プロジェクト』を立ち上げ、郷土芸能に関する幅広い支援を呼びかけている。
皆さまからの寄付金は、被災地の郷土芸能活動、継承活動への支援金として役立っています。


プロジェクト支援金口座
三菱東京UFJ銀行 赤坂見附支店 普通 0126803
口座名  郷土芸能復興支援プロジェクト


●被災郷土芸能の詳細情報は全郷芸会報(季刊)または全郷芸ブログにてhttp://blog.canpan.info/jfpaa/

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