地域でのささやかなる心の復興支援-滋賀県での取り組み-

柴田英杞
「日の本に
三つの景色の一と云
陸奥なる松島へ
今日思ひ立つ旅衣
着つつ馴れにしふる郷を
後に三春の驛」
(ひのもとに
みつのけしきのいちという
みちのおくなるまつしまへ
きょうおもいたつたびごろも
きつつなれにしふるさとを
あとにみはるの
うまやじや)
常磐津節(ときわずぶし)の「岸漣?常盤松島(きしのさざなみときわのまつしま)」通称「松島」は、冒頭この置き唄から始まります。明治17年、六世岸澤式佐(きしざわしきさ)が作曲し、幕末から歌舞伎作者として大活躍を果たした河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)が作詞をしたものです。黙阿弥らしく七五調の台詞を基本としてなかなか小気味よい詞章で、名勝松島を中心とした四季折々の風景や旅人の心情、漁師の濱唄など、奥州陸前の美しい海原の様子が詩情豊かに構成されています。この「松島」という曲を聴くたびに被災地の復興を願わずにはいられなくなります。
筆者は、現在、滋賀県文化振興事業団のプロデューサーとして、邦楽・邦舞などを中心とした日本の伝統芸能の作品制作を、滋賀県次世代創造発信事業として展開しています。なかでも平成22年度より文化庁から助成金を獲得して手掛けている「伝統と創造シリーズ」は平成24年度で第3回目、通算5公演を終了しましたが、その第1回目は東日本大震災の発生直後、3月23日が公演開催日でありました。公演の実施について、理事長より「開催を見合わせたい。文化事業を実施している場合ではない」という電話が入りましたが、筆者は実施の意向に揺るがない気持ちでした。文化庁、滋賀県、芸術関係者等の助言を仰ぎ、他館の情報収集に努めました。「全国的な文化芸術活動の地盤沈下を起こしてはならない。平常通り公演をしてほしい」ある演劇関係者からの言葉がずしりと胸に応えました。すぐさま組織内で緊急協議が持たれ、国難とも言うべき未曾有の大災害に対して、公演実施の意義やそのあり方を明確にした上、全員一致で実施の覚悟を決めました。本事業には新たなミッションが二つ加わりました。一つは、亡くなられた方々への追悼の意を込めること、二つ目は、被災された方々への応援メッセージとして公演を行うこととされ、以下を声明文として発信しました。
“東日本大震災復興支援活動プロジェクト~復興への希望と祈りの行動メッセージ~”
「東北を元気に!」「日本を元気に!」文化芸術事業や教育普及活動等を通じて、物心両面から復興への限りない支援を継続していこうというプロジェクトです。被災された方々の心に寄り添いつつ、生活の営みの中で文化芸術によるふれ合いや交流の機会をつくっていきたいと考えています。公共劇場として、光明の一筋となる将来への希望がわいてくるような心の支援や劇場経営を目指します。
上記のメッセージを掲げた後、公演を控えた出演者には本ミッションに対する理解と協力を文書で送り、来場者には当日配布のチラシにその思いをしたためました。本番では出演者及びスタッフ関係者は喪章をつけ、ロビーでは義援金を募り、来場者から多くの応援メッセージをボードに書いていただきました。「何のために文化芸術活動を行うのか」「社会における劇場の果たすべき役割は何か」常態化された劇場経営や事業活動に対し、芸術文化活動の意味、劇場の社会的使命やその役割を改めて問い直し、自分自身が芸術文化活動の本質と改めて向き合う契機となりました。冒頭にご紹介した常磐津「松島」の一節は、平成25年3月24日「伝統と創造シリーズⅢ~変わりゆくもの 変わらざるもの―人の心と情景―」において、滋賀県大津市在住である人間国宝常磐津一巴太夫師が、鎮魂と復興への祈りを込めて素浄瑠璃で語ったものです。言うまでもなく震災直後からスタートした「伝統と創造シリーズ」陽春公演は、あの日を忘れない、風化させない、教訓から学び、次世代へつなげるという強い思いが託されています。
滋賀県は関西広域連合の一員として、主に福島県の支援を中心に東北復興支援活動を行っています。県内で避難生活を送られている方々は350名(2011年9月6日当時)を超えており、その約8割が福島県の方々でした。復興への具体的な道筋に時間を要する中、帰郷への断念や次代の子どもたちの行く末が案じられます。特に次代を担う未来ある子どもたちに平和で安心な世の中を創造することは我々大人たちの責務であると思います。このような状況を受けて、滋賀県での避難生活のなかで文化芸術に親しむ機会をたくさん作って心の復興支援をしていこうという意図で、当財団が開催する自主事業に毎回ご来場いただく「絆プロジェクト」を民間有志活動者の方々と協力して展開しています。
また、平成22年度から「伝統と創造シリーズ」との併催で地域伝統芸能公演「近淡海の祭り」を開催していますが、出演団体のなかに東北から一団体ゲストとして出演をお願いしています。装束や楽器などが津波で流され、継承者も亡くなられ、原発の心配がある中で、平成23年度は福島県から招聘が叶いませんでした。万策尽きている中、浪江町出身の民謡歌手原田直之師が当事業の趣旨に賛同し、出演を快諾して下さり、東北の民謡メドレーをご披露いただきました。平成24年度は、福島県いわき市より、「豊間の獅子舞」の方々を招聘することができ、満席の観客なかで熱い拍手と声援に包まれ、迫真の獅子舞をご披露いただきました。
当劇場では引き続き心の復興支援を継続して行っていきたいと考えていますが、あくまでも心に寄り添う支援でなければならないと痛感しています。震災から2年を経て、この支援のあり方も徐々に変化してきているということも感じます。「心に寄り添う」支援に加えて、昨年からは「痛みを分かち合う」支援に転じてきていると実感しました。今現在は、たとえ小さい支援であっても目に見える形で「できることを確実に」そして「共に歩みながら」ということが重要ではないかと思っています。
平成24年6月「劇場・音楽堂等の活性化に関する法律」が施行されました。その第3条第8項には、「地域社会の絆の維持及び強化を図ると共に、共生社会の実現に資するための事業を行うこと」とあります。今後、社会包摂的な文化事業の開発と推進が必要であり、文化芸術が人と人、地域社会と人々を結びつけていく意味がさらに増してくるのだと確信しています。その中心的な役割を果たしていくのが劇場・音楽堂等であり、物心両面から復興の拠点として、地域再生の核になることが期待されているのだと思います。
平成23年度制作
平成24年度制作
