【震災から3年】いつまでも忘れない ~いま大切なのは、つづける“わ” Vol.8~ 『東北の子どもたちの力と舞台の力で次の時代を創りたい』

子どものための舞台芸術創造団体の会東日本大震災支援対策室 室長
多田 純也

 


 震災後、東京から岩手、宮城、福島の被災地に、ご縁ありまして、また様々なご支援もいただき保育園や児童館、子育て支援団体や仮設住宅などの子どもたちへの公演やワークショップなどで月1回ぐらいのペースで通わせていただいております。


 


 その中で4年近くを過ぎた今、感じていることの一つは保育士や教師、福祉関係や行政に関わる職員の方たちの疲労度が高いという印象です。具体的には、私の上演中に通常は子どもたちと一緒に舞台に集中してくださる保育士さんたちが心ここにあらずの表情になってしまうというケースが少なからずあるのです。実際おはなししてみると、震災直後から1年2年は気持ちもはってがんばってくることができたが、自らも自宅や家族も被災しながら、「職場は流されなかった」「もっと大変な人がいる」という遠慮の中で泣き言も言えず、仕事上は福祉、ケアする立場で利用者さんの相談にも乗り、震災と向かい合ってきた無理の反動がここに来て出てきている。「これでよかったのか」「私は何をしているのだろう」「先が見えず、考え始めると夜眠れない」など、身体と精神の疲れに出てしまっているのだということが語られます。
 私は心理学などの専門家でもありませんが、阪神淡路震災の経験からも、3年目以降はケア者のケアだといわれたと聞いていますので、まさにその時期を迎えている感じがします。ただ、舞台の仕事をしていてよかったと思うのは、子どもたちの素直な反応ももちろんですが、大人も舞台をみていただいた後には、精神的な距離が近くなったように感じていただけるのか、上記のような率直なおはなしをうかがえる事です。


 


 岩手、宮城の海沿いを走ると、津波のあと、がれきだらけだった国道沿いには盛り土工事が進行中で新しい店舗がたち、材木や家の屋根が浮かんでいた湾の水面には牡蠣養殖の筏がうかんでいます。また、福島では原発事故のあとのいまだ居住制限区域であるにも関わらず、国道や高速道路がつぎつぎと開通します。被災地支援派遣公演で宿を取るのも満室で一苦労、地元の方は「復興特需ですよ」と語ります。たしかに見た目には4年過ぎて変わってきた景色があります。
 しかし、そこで暮らす方たちとふれあう中で感じるのは、むしろ深刻になっているのではないかという精神的な震災被害です。震災後、見ること聞くこと、体験することにより何度も繰り返し精神的に傷つく体験をするといいます。津波や地震、原発事故は1回で終わるのではなく人の心の中で、何度も何度も繰り返すのです。住居はもちろん、補償金や就職など生活も変わる中、大人の変化は子どもにも大きく影響しています。
 昨年末、福島で放射能を心配して外遊びを控える子どもたちに九州から輸送した枯れ葉で「落ち葉プール」をするイベントにも参加した際にもあらためて感じたのは、子どもにとって大切な「遊ぶ権利」が奪われてしまっているという現実です。
 まだまだ私たち舞台芸術、芸能、音楽人のできること、お役に立てることはたくさんあるように思います。