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レポート
三陸国際芸術祭2015「第41回三陸港まつり」

イベントレポート
事務局ブログ

◆三陸国際芸術祭2015について


【目的】
 東北の郷土芸能が、どれほど世界に誇れる質と多様性をもち、そして何よりも、郷土芸能団体の数がどれほど多いのか。昨年の「三陸国際芸術祭2014」を通して、そのレベルの高さを実感しました。この芸術祭を2020年まで継続して行い、様々な郷土芸能を日本全国、世界へと紹介することによって、被災地間、そしてアジアとのネットワークが培われてゆくでしょう。芸能を軸とした産業を生み出し、育てることが、被災地の復興の一助となる可能性を感じました。この芸術祭と並行して、被災地の各地にアーティスト・イン・レジデンスの場を開拓し、世界中のアーティストが集える環境づくりを行いたいと思います。
 2020年のオリンピック・パラリンピック時には、文化の祭典のオープニングイベントとして、被災地がひとつの会場として取り上げられるのを期待します。地元の芸能を紹介するだけではなく、“アジアと共存する日本”を、芸能を通して世界にアピールする機会となるでしょう。
 2020年以降は、東北が、日本とアジアそして世界との芸能・芸術のハブ機能を持ち、“芸能・芸術特区”として、世界の人々が集う地域となることを目指します。


【企画趣旨】
 三陸国際芸術祭2014では、「文化芸術による復興」と「新たな文化芸術の創出」を目的に、三陸の風土と歴史から生まれた郷土芸能の紹介や、三陸地域の人々の人生を礼賛した舞台作品の制作・発表などを行いました。それによって郷土芸能の魅力の再発見と内外への周知を果たし、また表現活動により豊かな生活を築くことを、実践を踏まえて提唱することができました。
 2015年度は、上記の一層の推進を図るため、「三陸とアジア、三陸と日本」をテーマに海外との交流を図り、さらなる質の向上、異文化理解の促進を目指します。また、「出会い、触れあい、学び合い」を通して、文化芸術に対する新たな視点を探り出し、芸能の継承や地域の活性化と、アジアと日本の新しい共存共栄を目的とする集いの場を三陸に築きあげることを図ります。


主催・企画制作:NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)


【三陸港まつり】
 東日本大震災のため開催が危ぶまれた大船渡市三陸町の“三陸港まつり”は、「鎮魂の祈りと復興の大祈願」をスローガンに、越喜来の住民が中心となって継続されてきました。三陸が活気あるまちとなるために、この“三陸港まつり”を三陸町が一丸となって開催することが、住民の願いであります。
 また、昨年から三陸国際芸術祭との併用により、更なる祭りの復興による“まちおこし”を期待しています。津波による甚大な被害から、まず立ち上がったのが、剣舞と鹿踊の郷土芸能でした。鎮魂と再生を祈願し、自然への感謝と畏怖を胸にした三陸国際芸術祭の立ち上がりにふさわしい祭りプログラムです。三陸国際芸術祭では、越喜来・浦浜の郷土芸能を強化し、福島県の被災者とともに復興を祈ることを目的に、福島県の郷土芸能を招聘しました。


 


◆「第41回 三陸港まつり」レポート


●昼の部 子ども芸能交流  大船渡市三陸公民館駐車場 14:00 ~


①黒岩鬼剣舞(北上市)黒岩鬼剣舞保存会
 鬼剣舞は盆の精霊供養である念仏踊りの一種で、北上市を中心に圧倒的な人気を誇る民俗芸能です。沿岸部気仙地方の剣舞には、平家の亡霊を弁慶が鎮めたという伝承が多いのですが、北上市の鬼剣舞は仏(五大明王)を表すとされます。威嚇的な鬼の面は、実は仏の化身であり、また剣舞(けんばい)という言葉は修験者が悪霊退散のために地を踏みしめる呪法「ヘンバイ(反閇)」に由来するもので、念仏の力で世の平和を願い勇壮に踊ります。黒岩鬼剣舞は2002年に黒岩の三木坊、舘地区で二子鬼剣舞の指導を受けて発足しています。


ニ人加護の様子                          ニ人加護の様子                                                膳舞の様子


②吉浜鎧剣舞(大船渡市無形民俗文化財)吉浜鎧剣舞保存会
 吉浜鎧剣舞の記録や道具類を保管していた庭元が1933年類焼火災で焼失したため、詳細は不明ですが、少なくとも200年以前から行われていたと言われています。第2次世界大戦後に途絶えていたのを、昭和23年地域の青年有志が、昭和10年頃まで踊りの中心的存在であった方々に習って復活させました。
 鎧剣舞の一つに分類されますが、踊りが激しく、テンポも急拍子なことから「跳ねけんばい」と呼ばれています。その他に「ガシ剣舞(昔飢饉の時に始まった剣舞という意味)」とも呼ばれていたこともあります。


                            ひざぐるま                                              墓おどり(焼香)


③浦浜念仏剣舞(岩手県指定無形民俗文化財)浦浜念仏剣舞保存会・開智中学高等学校(埼玉)
 その地形から、“陸の孤島”と呼ばれた三陸町越喜来浦浜地区に伝承されている浦浜念仏剣舞は、念仏和讃にのせ仮面をかぶった踊り手一人ひとりに焼香をさせる作法、中踊りでの蹲踞(そんきょ)、後半の剣を振りかざし阿修羅の如く激しい戦いを演ずる豪放磊落(ごうほうらいらく)な気風が特徴です。発祥等は不詳ですが、青年や子どもたちへの指導、後継者育成活動も活発であります。


                前半はゆったり舞う               後半は激しく演じる


④会津鶴ヶ城太鼓 会津鶴ヶ城太鼓若駒会
 会津鶴ヶ城太鼓は、昭和62年に民族歌舞団「荒馬座」が作調して以来、「会津鶴ヶ城太鼓若駒会」によって受け継がれてきた創作太鼓です。古くから伝わる子守唄と篠笛を基調とした曲『会津』や、地元の民謡『会津磐梯山』をアレンジした旋律にのって、軽快なテンポで中太鼓と小太鼓がかけ合いをする『磐梯』、力強く空へ舞い上がる鶴をイメージし、三尺四寸の大太鼓と中太鼓・小太鼓の組み合わせの『鶴翔』の三曲で構成されています。年間5?60回もの演奏活動の他に、学校の太鼓クラブや子ども向けの太鼓教室での指導も行っています。


                            輝き太鼓                 会津磐梯山


【感想】
 里山や田んぼに包まれた平土間のまつり会場では、夕方から始まる「灯籠供養祭」へ序章とも言うべき子どもたちによる芸能交流が始まりました。震災を乗り越えてきた子どもたちを主体とした郷土芸能の競演です。太陽の光を浴び、勇壮に跳ね、踊る姿から元気を貰い、生活文化から生まれたまつりの継承力と郷土芸能の凄味を改めて体感しました。
 港まつりに福島県から会津鶴ヶ城太鼓が参加し、被災者同士の文化交流が生まれ、浜浦念仏踊りでは、芝浦工業大学柏中学校と開智中学校の生徒たち17人が合宿で念仏踊りを習った成果を保存会の皆さんと共に発表するといった、郷土芸能を通しての交流継承活動が実践されており、鎮魂と復興を祈願に加え、将来を見据えた持続可能なまつりへの取り組みを垣間見ることができました。


 


●郷土芸能奉納・灯籠呼び出し・灯籠行列 円満寺境内 16:30 ~


 まつり会場から約1km、復興工事が進むまちや港を見下ろせる円満寺へ。続々と境内に人だかりができ始め、円満寺の仏殿には、お供えされた灯籠が陳列され、鎮魂と復興を祈願しました。合掌。


                          円満寺参道                                   円満寺仏殿


  いよいよ郷土芸能の奉納です。境内までの参道を、金津流浦浜獅子躍が太鼓を打ち鳴らしながら登場。鎮魂と復興祈念を願い舞う川原鎧剣舞、黒岩鬼剣舞、浜浦念仏剣舞が祈りを込め奉納しました。


                     金津流浦浜獅子躍                                川原鎧剣舞


                           黒岩鬼剣舞                                    浜浦念仏剣舞


  クライマックスは、先祖や犠牲者の名前を記した灯籠368個を掲げた住民や帰省客が、まつり会場まで進んでゆく灯籠行列が挙行され、会場にしつらえた祭壇に灯籠をお供え、灯籠供養祭へと進展しました。伝統を重んじた、古式ゆかしい灯籠行列は圧巻で、強く心を奪われました。


              先祖や犠牲者の名を記した灯籠                         灯籠行列


               灯籠行列がメイン会場へ                  メイン会場の祭壇へ奉納する灯籠


【感想】
 お盆の16日は、家に迎えた先祖の霊にお帰りいただく日です。昔から川や海の彼方に“あの世”があると考えられたことから、海や川に送り火や灯籠を流す地域が多くあります。先祖の精霊を送るとともに、病気や災いも一緒に流すという意味も込めて、私の故郷を含めた全国各地で、精霊送りが行われています。
 三陸港まつりは、東日本大震災による被害が大きかったため、開催が危ぶまれましたが、越喜来の住民が中心となって、震災の年以降も続けてきました。被災者自ら立ち上がり、再興を成し遂げ、先祖や犠牲者の供養、復興を祈念するために、郷土芸能の舞を奉納する姿勢に、“人が生きる”ことの意義を痛感しました。そして何よりも、“人間力”や“地域力”の根源に、郷土芸能に支えられた祭りがあることを再確認しました。


 


●夜の部 灯籠供養祭 18:15 ~/開会セレモニー 18:50 ~


 まつり会場は宵闇に包まれ、人々が見守る中、灯籠を並べた祭壇では、円満寺住職らの法要がしめやかに挙行されました。法要後、地元のご婦人による御詠歌に合わせて、招待者や遺族によるご焼香と供養が行われました。368個の灯籠の灯りがほっこりとゆらぎ、まつり会場は祈りに包まれました。


                             法要                                                  御詠歌と焼香


 開会セレモニーがスタート。古水実行委員長の挨拶では、昭和48年から始め、震災を乗り越え、継続してまつりが挙行できた喜びと感謝の心が伝わってきました。また、大船渡戸田市長から、まつり、郷土芸能が次世代へ受け継がれていることへの敬意が表され、この三陸国際芸術祭を全国に発信して欲しいとエールが送られました。待ちに待った三陸港まつり・夜の部の始まりです。


                            奉納儀式                             古水実行委員長挨拶 


 灯籠が陳列された祭壇前の平土間特設ステージでは、金津流浦浜獅子躍(大船渡市)の迫力満点の演技を皮きりに、川原鎧剣舞(大船渡市)、インドネシア仮面舞踏(国際共同制作ダンス)、会津鶴ヶ城太鼓(福島県)、黒岩鬼剣舞(北上市)、浦浜念仏剣舞(大船渡市)が披露され、鎮魂と復興の祈りを捧げました。終演は、祭壇から菓子蒔きが行われて来場者に振る舞われました。被災者の灯魂が揺れる中、音魂と舞魂を奉納した三陸港まつり、精霊を送る郷土芸能と灯籠の祭典の幕がおりました。


                金津流浦浜獅子躍(大船渡市)           川原鎧剣舞(大船渡市)


                    インドネシア仮面舞踏              会津鶴ヶ城太鼓


                     黒岩鬼剣舞(北上市)                              浦浜念仏剣舞(大船渡市)


【感想】
 三陸国際芸術祭のスタートにふさわしい、伝統の重みと継続の力を感じさせるお祭りとなりました。
 東日本大震災の津波による甚大な被害を受けた中で、最初に立ち上がったのが浦浜念仏剣舞と金津流浦浜獅子躍(大船渡市)であり、地域の復興を牽引する立役者となっています。それは、郷土芸能活動からのコミュニティ形成が確立され、前を向いて生きていくためのよりどころとなったと感じられました。
 東日本大震災という過去最大の危機を、「地域の宝」(郷土芸能・祭り)を掲げ地域住民が一丸となって乗り越えてきました。これは、地域再生の成功事例といえるでしょう。そして、三陸国際芸術祭との連携により、復興から創生へと発展し、地域を発信する資源となって、新たなまちづくりへと進んでいます。文化力からのまちづくり、地域創生へと発展することを願ってやみません。

イベント概要
イベント名 三陸国際芸術祭 2015 「第41回三陸港まつり (連携プログラム)」
開催期間 2015年08月16日(日)
エリア 東北エリア(岩手県)
開催地 岩手県
会場 岩手県大船渡市立三陸公民館駐車場(岩手県大船渡市三陸町越喜来字前田36-1)
料金 無料
問合せ先 サンフェス事務局(みんなのしるし合同会社内) [TEL] 0192-47-5123 [Fax] 0192-47-5125 [MAIL] info@sanfes.com
主催 NPO 法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク(JCDN)
共催 (公社)全日本郷土芸能協会|みんなのしるし合同会社
後援 岩手県|大槌町|大船渡市|住田町|住田町教育委員会|陸前高田市|大船渡市郷土芸能協会|(一社)大船渡青年会議所|IBC岩手放送|岩手朝日テレビ|岩手日報社|河北新報社|三陸新報社|テレビ岩手|東海新報社|めんこいテレビ|岩手県立大学|岩手大学
協賛 アサヒビール株式会社|株式会社リプロ
協力 トヨタ自動車株式会社|株式会社みずほフィナンシャルグループ|文化芸術による復興推進コンソーシアム|泉田家弐番蔵|FMねまらいん|カリスタ大船渡ベース|碁石海岸レストハウス|さんさんの会|(一社)三陸国際交流協会|Sumita音楽サークル「音蔵」|遠野まごころネット|来渡ハウス