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「無形」の民俗文化財を調査することからみえてくること

東北大学東北アジア研究センター 准教授
高倉 浩樹

はじめに
私は東北大学につとめる人類学の研究者である。2011 年 3 月 11日の東日本大震災の後は、宮城県で被災した当事者の一人として、また研究者として、震災に関わる災害人類学的な研究を行うようになった。大学人の震災体験を記録したり、地域の民俗芸能や祭礼・生業についての被災と復興について調査プロジェクトを行って
きたが、縁あって、文化芸術による復興推進コンソーシアムとメールを通しての交流を行うようになった。
 今回報告するのは、現在も行われている地元宮城の無形の民俗文化財の調査についてである。私自身が代表を務めるプロジェクトに触れながら、現在考えていることを述べていきたい。


宮城県からの委託調査
 2011 年 11 月から宮城県からの委託事業として「東日本大震災に伴う被災した民俗文化財調査」を行っている。これは宮城県沿岸部で津波被災した地域社会において、無形の民俗文化財の被災と復興過程を対象とする聞き取り・参与観察調査である。これは正確には、文化庁補助事業「文化遺産を活かした観光振興・地域活性化
事業」をうけた「宮城県地域文化復興プロジェクト委員会」(事務局・宮城県文化財保護課)が、私の所属する東北大学に委託した事業である。
 無形の民俗文化財のなかには国や自治体指定の文化財となっているものもある。宮城県文化財保護課でも復興支援政策の一環として実態状況を調査しているらしい。東北大学が受けもったのは、むしろそうした指定から外れている文化財が中心である。その意味では、宮城県の文化行政を補う側面をもっているが、同時に重要な学術的意義ももつ。この事業を通して、宮城県沿岸部の無形の民俗文化財の全体像の把握に寄与することができるからである。無形の文化財が被災すること文化財が災害によって被災することはどのようなことであろうか? わかりやすいのは、美術品や歴史的建造物が破損した場合であろう。この場合、被災への対応は比較的明瞭で、修理・修繕すればよいことになる。もちろん、その修理・修繕に
大変な知識と技術さらには予算的な裏付けが必要だし、実際に工程表を進めていく段となれば、さまざまな困難も発生する。しかしいずれにしても復旧・復興の計画の目処は立ちやすい。
 これに対して、「無形」の民俗文化財が被災するというのはどういうことであろうか? たとえば、地域社会で継承されてきた神楽といった民俗芸能の場合を考えてみよう。神楽の場合、お面や獅子頭などがあり、太鼓や笛、衣装もある。そうしたモノの修復する場合は、他の美術品と同様である。
 しかし、神楽というのはそうした物質文化を備えた社会現象であることに留意する必要がある。単にモノがあれば成立するというものではないのだ。そもそも踊る人や笛等を吹く人が必要だし、こうした人々が集まるという社会的関係性も無くてはならない。さらに神社の境内や辻など、練習を含めてそれを実践する場も重要である。さらに地元の人々も含めた観客もその構成要素である。その意味では無形の文化財は、地域社会の内と外との人間関係を前提にして存在しているわけだ。
 こうして考えてみると、東日本大震災がもたらした沿岸部の無形の民俗文化財への影響は非常に甚大なものであることがわかる。いうまでもなく、津波によって物理的景観として地域社会そのものが無くなってしまった場合も少なくないからである。生き残った人々は仮設住宅などで暮らしているが、その配置によって、震災前の住民同士のコミュニケーションの仕方は大きく変わらざるをえないからである。


山元町天神社高台にあり津波被害を免れた山元町天神社にて 2012 年 8 月に草刈り作業を行った。境内は背の高い草に覆われていた。中浜神楽の道具は町中に保管されていたため津波で流された。復興努力は続いているが、当事者が満足行く形での神楽再開はいまだ途中である。



 無形の民俗文化財を調査することこうしてみてくると、無形の民俗文化財の被災調査というのは、単に民俗文化財をめぐる情報を集めることだけではないということがわかってくる。活動を行う人々の人間関係や経済関係などを含めた地域社会総体にアプローチする必要がある。民俗芸能が再開できたか否かも重要であるが、それに関わる人々がどのような条件のなかで、いかなる判断を下したのか、さらにそれはなぜかについて理解していく必要がある。さらにその時々の、個々の人々の判断は、どのような社会的影響を及ぼしていくのかについても注意を払うことが求められる。
 無形の民俗文化財の被災調査の目的は、例えば様々な地区の民俗芸能や祭礼が復活したか否か、その結果に作用する最大の因果関係を解明するというものとは異なっている。むしろ一つ一つの地域社会の事例に向き合いながら、個々に異なる条件、例えば支援体制や被災の度合い、経済・雇用条件、中核都市との関係、さらにリーダーの存在等といったことがどのように影響し合っているのかを考慮しつつ、その上で、例えば祭礼を復活させた場合、それによって何が地域社会にもたらされたのか、その肯定否定的双方の影響について検討する必要がある。その際に、これらの文化財に関わる人々に対して、共感をもった理解を心がけるということであろう。


社会的事実としての民俗文化財
 民俗芸能や生業は、復興のシンボルとして新聞やテレビなどで着目されているからである。実際に、地域社会の文化的アイデンティティ、統合の象徴的役割、観光資源としての役割をしている場合も多い。
 先に、この調査事業では「指定」ではない無形の民俗文化財を調べると書いた。それは言い換えれば、無形の民俗文化財をみつけるということでもある。読者の中には、形がないものをどうやって見つけられるのかと訝しがられるかもしれない。先に、「財」のついていない「無形の民俗文化」について説明しよう。「無形の民俗文化」といえば、これは過去から人々の間で伝承されてきた生活のあらゆる集合的な現象を意味する。民俗芸能・祭礼や生業はいうまでもなく、生活を営む上での知恵や、地域の言い伝え、言葉遊び、特定の身体所作なども含まれる。指定を受けていない「無形の民俗文化財」を探すとは、それらすべての中から何が「文化財」となるのかを見極めていくことに他ならない。
 その際、研究者の役割は目利きとして無形の民俗文化財を見つけ出すことではないことである。むしろ、例えば、ある神楽が地域社会の全体あるいは一部の方達によって大切なものとして認められ、彼ら自身がその大切さを表象するかたちで自ら社会に対して働きかけている——その現場をみること、知ることが肝要なのである。人々の社会的行為によって無数の民俗文化のなかから「民俗文化財」が社会のなかで育まれている。それを人類学研究者は見極めることが重要なのだ。いわば社会的事実としての民俗文化財という視点である。
 確かに、国や自治体による「指定」は重要である。それはその民俗文化財の当事者たちはいうまでもなく、地域社会、さらにその周囲の広域社会にも大きな影響を及ぼす。しかし、研究者の立場からすれば、そのような指定の有無とは別に、社会現象として民俗文化財が存在している。それは大変活発に継承され大いに発展している場合もあるし、あるいは継承者がなくて危機的な状況にあるものまで多様である。その多様性を前提としつつ、地域社会のなかで何が「文化財」として大切にされているのか、これを社会的事実という観点から理解することが出発点となる。
 無形の民俗文化財調査とは、東日本大震災という未曾有の被災状況のなかで、当該地域社会のなかで過去から受け継いだ民俗文化を、人々がどのように大切にしているか、そしてその思いが地域社会の復興にどのように作用しているのかを調べることなのである。


わかってきたこと
 これまでの約 1.5 年間の活動を通して、人類学や民俗学など質的社会調査を行う研究者 22 名と学生による補助10 名が組となり、宮城県沿岸部23 地区で調査を行ってきた。一回の調査は実質 1−2 日で実施されるが、合計154日間の調査を行い、延べ人数にして253人と面談し、あるいは参与観察してきた。そのなかでわかったことは、時代という条件をへることで醸成された民俗文化の「財」としての特質は、当事者をこえて作用する普遍的な力があり、外部の人も巻き込むことはいうまでもなく、その当事者自身も変えていくことである。例えば、震災前には非常に限定された成員でしか受け継がれなかった神楽がより開かれたものになろうとする。それは地域の文化財に価値があるゆえにこそその継承の担い手を広げねばならないという苦渋の選択であると同時に、新しい未来に希望を託す選択でもあった。その普遍的な力は否定的に働く場合もあった。ほとんど被害がなかったにもかかわらず、ある地区の民俗芸能の団体は活動を停止させてしまった。その主な理由は、同じ地区の被災度合いが厳しかった別の団体を思いやってのためである。この点は、民俗文化財が地域社会全体のコンテクストと表裏一体であることを示している。
 調査事業の成果は現在まとめられつつあるが、我々がまず試みたのは、それぞれの地域の無形の民俗文化財を見いだし、その被災状況と復興過程を記録化するということであった。被災前の芸能や祭礼の状況を聞き出し、震災後どのようにかわってきているのかについての聞き書き資料を、当事者の人々もふくめて誰もが読める
ような媒体として共有できる試みである。それはこれまでインターネット
http://www.cneas.tohoku.ac.jp/staff/takakura2/shinsai/report.html)と印刷版(http://www.cneas.tohoku.ac.jp/news/2012/publication07.html#05)として発刊し関係者に配った。
 地域の人々が大切にしている民俗文化の過去と現状についての記録は案外地域の人々にとって重要で関心をもって読まれていることを実感している。今後はその記録をより共有化できるようにしつつ、無形の民俗文化財に着目することで可能な地域復興のあり方を具体的な事例に則して地域社会・行政に提示・提言そして実践していきたいと思っている。


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