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試される文化芸術のチカラ 3 ~ 神楽

東北文化学園大学総合政策学部教授 東北大学特任教授(客員)
志賀野 桂一

3.雄勝法印神楽の再開に立ち会いました。


雄勝町(おがつちょう)は、宮城県北東部の太平洋に面していて、2005年4月1日、市町村合併により石巻市の一部となりました。今回修復された東京駅のスレート瓦や雄勝硯の産地として有名な半島のまちです。風光明美な半島にも津波が襲いました。
私が行ってきたのは、白銀神社例祭奉祝祭の桑浜で従来旧暦の3月19・20日に開催されていたものが羽板憩いの家前で5月に復活再開された神楽です。
雄勝の法印神楽は、出羽三山、羽黒山の修験山伏たちが一子相伝で伝えてきた神楽で、600年の歴史を刻む芸能のひとつです。日本の宗教政策の上で、明治政府が神仏分離と修験道廃止を打ち出したため法印たちが集落の人々に伝承したものが今日まで伝わってきたのです。現在は15の浜それぞれに神楽が伝承され、1952年に雄勝、大浜、大須の神楽団が雄勝法印神楽保存会に再編、96年に国の重要無形民俗文化財に指定されます。
当日は、9時に祈祷、その後湯立て神事、神楽奉納と続き、神楽28番の中から、天地創造の舞「初矢」に始まり、「蛭児」、「笹結」、「魔王退治」最後は「産屋(うぶや)」、「岩戸開き」など一日がかりで奉納が行われます。今回は神輿のかわりに神様象徴として金の獅子頭を正面において演じられていました。集落の人々は、神様の後ろあるいは脇から見るという形であくまでも神事なのです。
応援にかけつけた女優の竹下景子と一緒で、私も土地の海産物などごちそうになりましたが、長い奉納芸の間に飲んだり食べたり談笑したりというのがどうやら神楽を観る作法のようです。またご祝儀で運営がされていることから、素早くご祝儀を渡すことがもう一つの作法となっています。垂れ下がる紙(写真:上)には寄付者の名前がその場で書かれ張られていきます。


舞は日本誕生の物語と、邪気を祓い子孫の安寧を祈る内容にみえます。芸態論でいえば、反閇(へんぱい)といった除災を目的とした呪法が基になった足の運びと中腰の構えが特徴で、常に上昇を目指すバレエの「パ」とは対極にある所作となっています。演目のなかには真剣が使われるなど、迫真の舞とそのスピード感には圧倒されます。
思えば東北には神楽・虎舞・念仏踊り・剣舞・鹿踊りなど地域の生活と一体となった芸能が数多く存在し、コミュニティの中核となってきました。震災復興はこうした常在文化の復活と共にあるというのが私の実感です。


(写真)左:応援に駆けつけた女優竹下景子さん。右:神楽主催者

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