森のはこ舟アートプロジェクト

森のはこ舟アートプロジェクト実行委員会 コーディネーター 
川延 安直

トップ画像:西会津町の大山祇神社にパフォーマンス奉納に向かう参加者


「森のはこ舟」とは何か。
森が「はこ舟」なのか、森にある「はこ舟」なのか、森を運ぶ「はこ舟」なのか。
プロジェクトスタート当初は議論になった。私は、森がこの世界を救う「はこ舟」なのだと思っているが、森そのものが「はこ舟」でも、森で行なわれるいくつものプロジェクトが「はこ舟」でも、森を未来の世代に継承するための仕組としての「はこ舟」でも構わない。
そのいずれもを含み込んだのが「森のはこ舟」アートプロジェクトなのだと考えている。日本語はとても含みのある柔らかい言葉なのだとあらためて思う。


東日本大震災による津波は沿岸部の松林、防潮林の多くを押し流した。復旧事業で防潮堤の整備が急ピッチで進む傍らでは森林の再生が始まったばかりだ。何十年か後、無機的な防潮堤に囲まれた海辺に若々しい森の姿を見る事ができるのだろう。
東京電力福島第一原子力発電所事故は津波とはまったく無縁なはずの地域に思いもよらなかった被害を及ぼした。放射性物質が飛来、降下した地域では現在も大規模な除染作業が行なわれているが、除染作業が行われない森林は広い範囲に及ぶ。
震災と原発事故により森林が失われ、汚染されたことが、森のはこ舟アートプロジェクト発進の大きなきっかけとなった。だが震災以前から構想は育っていた。ここで、森のはこ舟アートプロジェクト誕生までの経緯を紹介したい。 


福島県立博物館では、2010年・2011年・2012年と「会津・漆の芸術祭」を開催。2010年は会津若松市・喜多方市の市街地にある蔵や店舗を中心に漆を用いた伝統工芸、現代アートを展示した。2011年にはエリアを奥会津と呼ばれる会津地方の中山間地に拡大、アートの視点と漆と人の営みを通して自然環境と文化、暮らしを考える構想だった。2012年には隣県の大規模アートプロジェクトとの連携も視野に入れていた。2011年3月には、奥会津の複数の町村担当者と次年度に向けての会議を開いた。震災が起こったのはその数日後だった。「会津・漆の芸術祭」は、大幅に予算が縮小したものの開催、「東北へのエール」を掲げ、漆に限らないさまざまアートによる復興支援を受け入れる窓口として機能した。一方、「奥会津・アートガーデン」と名付けられるはずだった奥会津でのアートプロジェクトはスタートすることなく中止となった。


               「会津・漆の芸術祭2012」 喰初椀(子供のお喰いぞめに用いる椀)プロジェクト


2011年、いち早く文化芸術による復興支援の手を差し伸べてくれたのが、東京都、東京文化発信プロジェクト室(現、アーツカウンシル東京)であった。東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業ART SUPPORT TOHOKU-TOKYO(アート・サポート東北東京、以下ASTT)は福島県との共催事業となり現在も継続している。森のはこ舟アートプロジェクトもその一環だ。ASTTで行なった最初のプロジェクトが「週末アートスクール」。放射能汚染から一時的にでも離れて心身の健康を保とうとする保養プロジェクトがこの時期数多く行なわれたが、週末アートスクールでは、放射線量を危惧する必要のない会津地方の豊かな自然とアートを組み合わせたプログラムを三島町・西会津町・喜多方市で実施した。参加者のみなさんに楽しんでいただくことはもちろんだが、各開催地での実行チームがアートプロジェクトの運営を経験したことも大きな財産となり、今、森のはこ舟アートプロジェクトを支えている。


週末アートスクールにおいて、三島町の野の草花を採取し身にまとうワークショップを担当した華道家・片桐功敦さんは、森のはこ舟アートプロジェクトでは西会津町を担当し、草木をまとうワークショップの後、地域の信仰を集める神社での奉納パフォーマンスを実現した。同じく三島町で冬の行事と雪遊びを楽しむワークショップを行なった岩間賢さんは、森のはこ舟アートプロジェクトでは、喜多方市の山間の集落に子どもたちの笑い声を呼び戻した。


              喜多方市楚々木地区で地域の方とともにリサーチを行うアーティスト岩間賢さん


「森のはこ舟」、この言葉の解釈がしなやかなように、参加アーティストの振る舞い、立ち姿も柔らかく、しなやかに見える。週末アートスクール以来の喜多方市・三島町・西会津町で活動してくれているアーティスト、そして森のはこ舟アートプロジェクトから参加したアーティストは、廃校の再生、食文化、演劇、植生、地域活動などの多様な視点から深く広い森に切り込んでいる。今年度からは、喜多方市に隣設する北塩原村・猪苗代町も加わった。観光地として知られる裏磐梯、猪苗代湖を含むエリアが加わることで、森のはこ舟はさらに充実することだろう。


震災という不幸な大災厄によって当初の構想が中断、変化、そして誕生した森のはこ舟アートプロジェクトは、森に関わるアートを生み出す他に、地域に無形の活力を注ぎ始めている。プロジェクトの運営を通じてアートが地域に深透することはもちろん、アートがゆるやかな紐帯となってさまざまな人と団体がつながり始めたのだ。分野・専門といった境界をするりと乗り越えるのがアートの特性であり、その力が市町村の各エリア内、さらに異なるエリア間の連携を作らせている。


パートナーシッププログラムもうれしい成果の一つだ。森のはこ舟アートプロジェクトによって結ばれたアーティストと地域の関係は、主催者側の予想を超えた自主的プログラムの展開を生んでいる。例えば、三島町では、昨年のプログラムで参加していただいた書家の千葉清藍さんが引き続き地区の催しに参加している。小中学校で行なった演劇のプログラムは、学校行事として取り組むことが検討されている。西会津町で行なった華道家の片桐功敦さんのワークショップは熱烈なファンを生み、アーティストの手を離れて県内各地で開催されるようになった。南相馬市では「海と山の結婚式」と題してワークショップが行なわれ、西会津町、いわき市のワークショップ経験者が南相馬市の主催者と協働して運営にあたった。喜多方市では、アーティスト岩間賢さんの地道な活動が行政を動かし、市が支援を始めた。


          書家の千葉清藍さんによるワークショップで制作された絵馬(三島町特産桐材を使用)


こうしたスピンオフ的なプログラムを森のはこ舟アートプロジェクトのパートナーシッププログラムとして位置づけているのだが、森のはこ舟が地域に潜在していた文化への渇望を揺り起こし、地域が自力で文化芸術活動に取り組み始めたことは、高く評価されてよいだろう。


地域の活性化に貢献できている実感は確かに満足感を与えてくれるし、それは事業の大きな目的でもある。だが、森のはこ舟アートプロジェクトは「アート」によるプロジェクトである。地域貢献と同時に、時代の先端で未来を切り開くアートが立ち現れる現場でありたい。
豊かな森に恵まれていることの幸せをあらためて胸に刻み、森と共存することの意味を考え、森を未来の子どもたちに伝える。森のはこ舟アートプロジェクトのミッションを私なりにそう捉えている。


私たちは森に立ち戻ることを忘れない。


 

コラムをまとめて読む場合は、下記からご覧ください。

プロフィール

森のはこ舟アートプロジェクト実行委員会 コーディネーター 
川延 安直
神奈川県藤沢市生まれ。
岡山県立美術館を経て、現在福島県立博物館専門学芸員。
県立博物館の学芸員として、「森のはこ舟アートプロジェクト」の他、
福島県内の連携を図る目的で立ち上げられた「はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト」や
福島県内の学校の授業への協力等、福島県の文化を活かした活動は多岐に渡る。

関連コラム

ページトップへ